停滞を引き起こすのは本能です。
ここでいう本能とはつまり報酬系などの、人間の原始的な反応のメカニズムを指します。
私たちはこの本能のメカニズムと高度な前頭前野の認知能力のおかげで、他の哺乳類から群を抜いた発展を遂げることができた、と考えられます。
前頭前野は報酬が得られるであろうシナリオを探索して、報酬の予測を立てます。報酬系は予測の正解に対して報酬(ドーパミン)を出し、私たちは喜びを感じます。こうして特定のシナリオに関連する行動が強化されます。これが学習の仕組みです。
報酬系は短期的な報酬のためにデザインされています。例えば犬や猫を観察すればわかるように、多くの生き物には人間のような明確な時間の概念がなく、将来の報酬を予測することはほとんどできません。(これが悪いという意味ではなく、マインドフルという視点に立てば、健康的で健全な姿だとも言えます。)
一方で私たち人間は、前頭前野が発達したことで、ある程度時間が経ったあとに遅延と共に訪れる、将来の報酬を予測できるようになりました。これによって冬を超えるために蓄えをしたり、植物や動物をすぐに食べずに増やして食べる、1個のマシュマロを我慢して2個のマシュマロをもらう、といった行動パターンを身につけました。
こうして「予測できる『More』」、つまり報酬系のメカニズムによって私たちは発展してきたわけですが、近代になって、報酬系が足を引っ張る事態が増えてきています。
私たちは、飢えや天敵や疫病を大きく克服し、寿命を全うできるようになりました。もっぱら今の焦点は、人間同士の「競争」にあります。
予測できる範囲の活動では過当競争が起きており、予測可能な戦略を完璧に実行しても、辿り着けるのは「参加者の平均レベル」です。なぜなら、この問題は結果を予測できるほど不確実性が低く、そのくらい問題のメカニズムが明確になっているからです。
また、予測できる範囲での競争では、投資対効果が予測できるためにリソースの大小で決着がつきやすく、消耗戦になりやすいという特徴もあります。特に情報と輸送のネットワークが地球の隅々に張り巡らされ、1つのボウルに体の大きいものから小さいものまでが一緒くたに放り込まれた現代では、リングは1つ、勝者は1人です。消耗戦を挑まれた場合に抜け道はありません。
そんな中で機能している新たな戦略が、「長期的ビジョンを実現する」という戦略です。
長期的ビジョンは報酬系と極めて相性が悪い性質を持っています。不確実性が多く、展開の予測ができないため、成功が約束されるような手段がありません。報酬が得られるかは常に不明確で、ちっとも増えません。仮に報酬が明確で十分に大きければ、つまり予測可能なので、あっという間に競争状態になり、最も体の大きな参加者が総取りします。
逆を言うとそういう報酬系との相性の悪さがあるために、「報酬系のアンチ戦略」として効果的に機能します。
では長期戦略をどう計画し、実行すればいいのか。
ここでなぜか多くの場合、ROIやKPIなどの予測が始まってしまいます。問題を解決しようというときに先に利益に目を向けると、確実に利益のための活動にズレていきます。つまり、利益の測定と予測ができ、短期的で、低リスクで、効率が良く、そして、激しい争いが始まるシナリオです。
人材やプロジェクトに創造性を求めようというときにも、なぜか評価をして誘導しようという考えが出てきます。既存のメカニズムで合理的に解釈できないことが、創造的であるということです。ですから評価できる時点で創造的ではなく、既存の尺度で測れる人材をコピーすることにしかなりません。
ここで私たちが考えるべきことは何でしょうか。
報酬系、つまり短期的思考、本能に対するアンチ戦略をとることです。
- 予測や成果の測定を捨てること
- 価値や課題の解決を実現し、先に精密に市場を追わないこと
- 成果を当てにした計画を立てず、成果と計画を切り離すことで破滅を防ぎ、参戦し続けられる計画を考えること
- モチベーションを成果やその期待に求めないこと、探索ずみの領域の広さや内容の解釈、自分の変化とそれによる目標との位置関係の変化(いわゆる成長と進歩)に求めること
- 所定の手段に従わせるのではなく、個々のベクトルを理解し、変化を受け容れ、必要なリソースを与えること
- 管理的なスタンスを捨てること、代わりにビジョンとポリシーの共有、そして相互理解に基づく交渉と協力によって統率を実現すること
特に予測に近づけば近づくほど、アンチ報酬系戦略の効果は薄れ、私たちは短期戦略や消耗戦、過当競争に巻き込まれやすくなります。
この問題を正面から受け止め、戦略を立て、実行の仕組みを構築することで、個人的な挑戦や、将来を見据えたプロジェクト、イノベーティブな人材や文化を育む道が開けます。
長期戦略は、報酬系との戦いを伴う「私たちを私たちたらしめてきたものへの挑戦」とも捉えられます。それは、人類全体に共通する、本能を超えて理性を追求するという、とても人間的な営みです。
短期的な報酬から距離を置き、価値の追求や問題解決に集中しましょう。自分たちの本能を理解し、その上でリスクを恐れず受け入れましょう。そうした姿勢こそが、個人や組織の停滞を打破し、価値の創造と持続的な成長を実現します。
記事の背景:パフォーマンスについてしばしば、次のようなことを考えます。長期戦略とは実在するのだろうか。それが挑戦のための理想や信仰に近いものではなく、戦略としての合理性がどのくらい認められるか。この記事は、その問いに自分が納得できる視点を思索した経緯をまとめたものです。